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1月9日、容態改善、小康状態 [2012年12月末、最後の2週間]

昨日、おとといと完全に意識が戻らず、会話が出来
ない母を見てきた。今日はいったいどうなっているん
だろうと思いながら病院に行くと、あれっ、父と普通
に話をしていて、びっくり。今日は調子がいいようだ。

意識もしっかりしているどころか、会話も問題ない。
気のせいか血色もいい。自分で起き上がることは
出来ないが、ベッドの頭の方をあげてもらい、かなり
の時間話しをすることが出来た。

肌が乾燥しているようなので唇にリップクリームを塗ったり、
顔に保湿クリームを塗ったりしたら、「気持ちいい、有難う」
と言ってくれた。たわいない話も出来た。母が登りたい
話をしたり、ヨセミテ公園に行ったときの話しをしたり。
痛みを調整する薬(オキシコンチン)のコントロールがようやく
うまくいき、点滴で体力が回復してくれればもう少しもつの
ではないか、と期待を抱かせるのに十分なぐらいしっかり
していた。事実、夕方久しぶりに口から薬を飲むことが
出来ていた。

父も含めて久しぶりに母と会話を楽しめて、家路に着く
足取りも軽かった一日だった。
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1月8日、容態変わらず [2012年12月末、最後の2週間]

父と病院に着てみたが、容態は相変わらず悪い。
ほとんど眠っているし、声をかけたり肩をゆすったり
しても起きてこない。眠っていてもなんだかうなされ
ているようだ。

一応気分良く起きたときに話そう、ということでかなり
長い時間待合室にいては様子を見に病室を訪れた
が状況は変わらなかった。それとベッドのマットや
シーツが非常にやわらかいものに変更されていた。
看護婦さんと話すと「床ずれのしにくいものなんです」
ということだった。動けないから仕方がないのか。

「これじゃもう厳しいかなぁ」と父が話しかけてきたこと
をよく覚えている。ただ帰り際、夜の診察のために
看護婦さんが「○○さん」と呼びかけると「はい」と
言って目を覚まし、検温などちゃんと対応していた。
後で先生の検診のときも「有難うございました」と
言っていた。

ちょっとだけほっとした瞬間だった。
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1月7日、容態悪化 [2012年12月末、最後の2週間]

今日病院に行ってみると母の様子がおかしい。今まで
黄疸を確認できたのは目の白い部分だけだったが、今日
は顔全体に黄色みを帯びたのがよくわかった。

さらに意識がおかしく、会話をまったく出来ない。動いて
いるときも、どちらかというと男性なら暴れているという
表現があっていると思う。ベッドの上で何をしたいのか、
手すりにつかまっていては踏ん張って、休ませてあげよう
と横にしようとしたが抵抗された。目も自分で制御できず
ぐるぐる回っていて完全にイっている様子だった。

ベッドは今日、窓際のところから入り口に近い、両サイドが
開いていて両側から看護できる場所に移動された。また
今まで入院してきて初めて心電図も取り付けられた。
口から薬を飲めなくなったため、痛み止めも点滴によって
投与されるようになった。

帰り際、担当医が話しかけてきて、「状態が悪くなったよう
です。どちらかというと、今までは(血液検査の)数字より
はるかによく見えましたが、今日は状態が数字通りになった
感じです」と言われた。また年末に話をしたときあと2ヶ月
ぐらいもつかなぁ、と言われたのに、今日はこの状態
だともって数週間と伝えられた。ただ今日の状態は痛み止め
の薬(オキシコンチン)を経口から点滴に変えたため、投与量
を調整している最中であり、そのために意識混濁が起きてい
る可能性もある、と言われた。

意思の疎通も出来ず、母がもがいているのを何もしてあげら
れずに見ているのもつらいので、今日は早々に引き上げた。
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2月24日、七七日、納骨 [2013年1月以降、母を亡くしてから]

実は2月24日の週末、母の納骨(49日)のために2日だけ
日本に帰国した。こんな短い日本滞在は初めて。でも出席
出来てよかったと思う。慌しくしてアメリカに戻り、仕事に
復帰した。

お骨があり、その周りにお花が添えてあったときは
まだ母が家にいることを意識できたが、それもお墓
に収められ何もなくなると、またひとつ母がいなくなった
ことを認識する材料となる。納骨を終えてほっとはしたが、
あまり気分のいいものではない。

アメリカにいると普段なかなか母と話せなかったので、
いまだに日本に電話すると母が出てくれるのではと
思ってしまう。お化けでも何でも、出てくれるとむしろ
嬉しいのだが。
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1月6日 [2012年12月末、最後の2週間]

昨日四国から出てきてくれた友人とそのお母さんと
一緒に病院を訪れた。案の定、母は寝ていたが、
軽く肩をさすると起きて来た。来客があったことを
告げると最初は寝ぼけていたのか、それとも病気に
よるものなのか混乱していた様子だったが、少しずつ
話すうちに誰がお見舞いに来てくれたか認識したよう
だった。するとどうにか力を振り絞って自力で起きあが
った上に正座をし「遠いところから有難うございました」
とお礼を言って、頭を下げていた。

それでも数日前よりはかなり消耗していたようだった
ので、少し話したところ(ほんの10分程度)でまた休んで
もらうべく退室した。だんだんと話せる時間が少なくなって
いることを実感した。自力でトイレも行けなくなったらしい。
実際、母がひじを使って自分で起き上がったのも
この日が最後だったと思う。

相変わらず栄養は点滴のみ。少しは飲めるかなと思って
買っておいたお水やほうじ茶はまったく減っていなかった。

P.S. この後友人たちと皇居や東京駅付近を散歩した。実は
生前母が元気なときに、彼らが上京した際同様に観光を
かねて歩いたという。
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